鳥山明さんの仕事場が解体へ!ドラゴンボール聖地の現状と理由、清須市に残るもの

黄色い鳥山明さんの旧仕事場と解体現場を左右に描いたアメコミ風ニュースサムネイル 話題の問題

『ドラゴンボール』を読んで育った人にとって、鳥山明さんの名前は、ただの漫画家の名前ではないと思う。悟空が初めてかめはめ波を放った場面を覚えている人もいれば、アラレちゃんの自由な笑顔や、『ドラゴンクエスト』のモンスターに夢中だった人もいる。好きになった作品は違っても、「あの絵を描いた人がいた」という事実が、私たちの思い出をつないでいる。

そんな鳥山さんが長く自宅兼仕事場として使っていた愛知県清須市の建物で、解体工事が進んでいることが2026年11月3日に報じられた。黄色い外観が特徴の建物は、地元やファンの間で『聖地』として知られていた場所だ。すでに大部分が取り壊されているという知らせに、寂しさを覚えた人も少なくない。

「なぜ取り壊すの?」「バード・スタジオはなくなるの?」「記念館として残せなかったの?」。ニュースを見た瞬間に浮かぶ疑問はたくさんある。ただ、こういう話題ほど、確かな報道とネット上の推測を分けて考えたい。私も惜しいと感じるけれど、誰かを責める前に、今わかっていることを一つずつ整理してみる。

この記事では、11月3日時点の報道と公式情報をもとに、解体の経緯、鳥山さんの創作拠点としての意味、清須市とのつながり、そして私たちが作品や記憶を残すためにできることを見ていく。建物への敬意と同時に、周辺で暮らす人やご家族の静かな生活への配慮も大事にしたい。

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仕事場解体で何が起きた?

2026年11月3日、解体工事の進行が報じられた

毎日新聞が2026年11月3日に伝えたのは、鳥山明さんが長年使っていた清須市内の自宅兼仕事場で、建物の解体が進んでいるというニュースだ。工事は同年10月に始まり、取材時点で建物の大部分が取り壊されていた。単に『解体の予定がある』という段階ではなく、工事が実際に進んでいる点が今回の大きなポイントになる。

黄色い外観の建物は、その独特な姿もあって地元の人にはよく知られていた。作品のファンからすると、好きな漫画が生まれた土地にひっそりと残る建物には特別な意味がある。ニュース写真で見て初めて存在を知った人にとっても、『こんなところであの名作が描かれていたのか』という驚きがあったはずだ。

ただし、記事で示されているのは工事の進行状況だ。敷地のすべてがどうなるのか、いつ完全に工事が終わるのか、跡地に何ができるのかまでは、同日の報道だけで断定できない。写真や短い投稿の印象から、未発表の予定まで決めつけないようにしたい。

あの黄色い建物は何だったのか

報じられた建物は、一般向けの漫画館や観光施設ではなく、鳥山さんが生活と制作の場として長く使ってきた場所だ。そして、鳥山さんの創作活動に関係する『バード・スタジオ』もそこに置かれていた。作品と仕事が日常の中でつながっていた場所だと思うと、ニュースの重みが少し変わってくる。

外観だけを見れば個性的な建物の一つかもしれない。でも、ファンが意味を感じたのは建築デザインだけではない。机に向かって線を引き、キャラクターを考え、締め切りと向き合う時間が積み重なっていた。その歴史を想像すると、ただの建物以上の存在に感じられる。もちろん、内部での具体的な作業風景を今の写真から決めつけることはできない。

もう一つ忘れたくないのが、建物は住宅街にあったということ。外から眺める側には『聖地』でも、周りの人には普段の暮らしがある地域だ。話題性が大きくなるほど、写真撮影や現地訪問の影響も考える必要がある。

鳥山明さんが亡くなったのは2024年3月

鳥山さんは2024年3月1日、68歳で亡くなった。訃報は3月8日、バード・スタジオなどから発表され、日本だけでなく海外にも大きな悲しみが広がった。『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』『SAND LAND』など、作品ごとに違う世代のファンがいることも、鳥山さんの影響の大きさを物語っている。

あの日、多くの人が思い出したのは単行本の表紙だったり、家族とテレビを見ていた時間だったりする。漫画家の訃報が、これほど自分の生活の風景と結び付くのかと感じた人もいたと思う。今回の仕事場の解体は、その悲しみを改めて思い起こさせるニュースになった。

だからこそ、亡くなってからの出来事を面白おかしく扱うのではなく、正確な日付と経過を押さえたい。2024年の訃報と、2026年の建物の解体は別の出来事だし、その間に関係者が何を考えたかについては、確認できる発言だけをもとに理解するのが筋だ。

バード・スタジオは2026年8月に東京へ移転

今回の報道では、建物に置かれていたバード・スタジオが2026年8月に清須市から東京へ移転したことも伝えられている。移転から約2か月後の10月に解体工事が始まったという時系列になる。建物の今後が注目されていた背景には、こうした動きがあった。

ここで気を付けたいのは、『旧仕事場が解体される』ことと、『バード・スタジオという会社がなくなる』ことを混同しないことだ。所在地が変わることは、会社そのものの解散を意味しない。今回の報道から『ドラゴンボールの関係事業が終わる』といった結論も出せない。

作品の権利や今後の企画については関係企業などが発表する内容を確認する必要がある。建物への思い入れが強いほど、ニュースの範囲を越えて大きな話にしてしまいがちだけれど、そこは落ち着いて線を引きたい。

解体理由は公表されたのか

最も検索されそうなのが『鳥山明さんの仕事場はなぜ解体されるのか』という疑問だと思う。けれども、2026年11月3日時点で、遺族や関係者が理由を詳しく説明した公式発表は確認できない。維持費、老朽化、相続、土地の活用など、一般論として想像できる理由はいくつもあるが、今回の決定の事情だと断定する根拠はない。

清須市の永田純夫市長は毎日新聞に対し、家族による決定と拝察しているという趣旨のコメントを寄せた。ここで使われた『拝察』は、市長の認識や推測を表す言葉だ。遺族が自ら理由を発表した、という意味に置き換えてはいけない。

私は、知らない部分を『わからない』と書くことが、こうしたニュースではとても大切だと思う。立場の違う人が何を大切にしたのか、外側から簡単には見えない。背景が明らかになっていない段階で、関係者を非難するのは避けたい。

清須市長はどう受け止めているのか

永田市長は、関係者の意向を尊重し、静かな環境の中で工事が完了することを見守りたいという考えも示している。地元にとって象徴的な場所の話なのだから、街として惜しむ気持ちはあるはずだ。ただ、市は公共の施設と同じように、民間の建物を自由に残せる立場とは限らない。

『市が買い取ればよかったのでは』という声が出るのも自然だと思う。一方で、建物を残すなら所有権、利用方法、安全管理、維持費、近隣対応など、現実の問題が次々に出てくる。残すことだけが唯一の正解だと決めると、関係者が背負う負担を見落としてしまう。

今回の報道からわかるのは、市長が静穏な環境での工事を重視していることまで。市の正式な買い取り計画や保存施設の計画が存在したとまでは言えない。期待と事実を分けて受け止めたい。

時系列を整理すると何が見えてくる?

情報が短い投稿で広がると、日付が前後したり、異なる出来事が一つにまとめられたりする。今回も『亡くなった直後に壊された』などと受け止めないよう、確認できる経過を一度並べておきたい。

2024年3月に鳥山さんの訃報が発表され、2026年8月にバード・スタジオが東京へ移転し、同年10月に解体工事が始まり、11月3日に大部分の取り壊しが進んでいると報じられた。これが現時点での骨組みだ。移転と解体の間にどのような判断があったかは、なお不明のままだ。

ニュースの主語も大切にしたい。『毎日新聞が報じた』『市長がコメントした』『元アシスタントが心境を語った』と分けて読むと、見えている事実と受け止め方の違いがわかりやすい。SNSで拡散された文章だけではなく、元の記事まで確認する習慣が役に立つ。

なぜファンは聖地と呼ぶ?

『Dr.スランプ』から世界的な人気作へ

鳥山さんの仕事場が特別視される理由は、そこに結び付いた作品の存在だ。『Dr.スランプ』は独特のユーモアとキャラクターで愛され、『ドラゴンボール』は冒険やバトルの面白さを世界に届けた。さらに『SAND LAND』のような作品も残している。同じ人の作品でも、それぞれに違う表情がある。

『Dr.スランプ』をテレビで知った人と、『ドラゴンボール』を単行本で読み始めた人では、好きな場面がまったく違うかもしれない。それでも、絵をひと目見れば『鳥山さんらしい』とわかる。独特の線、表情、乗り物や機械の造形まで、あの世界には強い個性があった。

建物の解体が広くニュースになったのは、作品に触れた人が国内外にいるからこそだ。ただし、特定のページやキャラクターがこの建物のどの部屋で生まれたといった詳細までは、今回の報道では確かめられない。大切な場所だからこそ、想像を事実として書かないようにしたい。

『ドラゴンボール』が日常に残したもの

『ドラゴンボール』の魅力を語るとき、強い敵と戦う場面だけでは足りないと思う。少しずつ成長する主人公、仲間との出会い、緊張をほどくユーモア、読みやすい動きの表現。そうした要素が積み重なって、少年漫画をあまり読まない人にも届く物語になった。

学校で必殺技のまねをした記憶、友達と次の展開を話した時間、親子で同じ場面を楽しんだ経験。作品が好きだった理由は、人によって違う。海外のファンなら、吹き替えや翻訳を通して、また別の思い出が重なっているはずだ。だから、場所のニュースが国境を越えて反響を呼ぶのも不思議ではない。

私は今回、読者の心の中にある『自分だけのドラゴンボール』を思い出すきっかけにもなると感じた。建物が物理的に残ることと、作品を読み返したときの感動が続くことは、同じではない。後者は、これからも一人ひとりの生活の中で育っていく。

『ドラゴンクエスト』にも広がった鳥山明さんの世界

鳥山さんが残した仕事は漫画だけではない。スクウェア・エニックスも公式の追悼文で、鳥山さんが長年『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターデザインを手がけてきたことを伝えている。漫画を読んでいなくても、スライムの姿を見て親しみを覚える人は多いと思う。

ゲームの世界におけるデザインは、画面の中で何度も出会う相棒のような存在だ。敵キャラクターなのに愛嬌があったり、勇者の冒険を見守りたくなったりする。そうした視覚的な魅力が『ドラゴンクエスト』らしさの一部になっていることは、公式の追悼文からも伝わってくる。

漫画とゲームのどちらから鳥山さんを知ったとしても、あの絵に出会った記憶は残る。仕事場が一つなくなるニュースを考えるとき、世界中の読者やプレーヤーの生活に、その創造力が入り込んでいたことも忘れたくない。

元アシスタントが伝えた、場所への思い

毎日新聞の取材に応じた元アシスタントでイラストレーターのまつやまたかしさんは、その建物が作品づくりの場であり、自分自身が働いた場所でもあったとして、解体への寂しさを語っている。ファンが抱く憧れとは別に、そこで仕事をしていた人には、毎日の記憶がある。

アシスタントという立場から見た仕事場は、名所というより、誰かと作業を進めた現場に近いのかもしれない。仕事の空気、いつもの動線、そこで過ごした時間は、その場所を知る人にしかわからない。私たちは記事からその一部を知るだけだけれど、だからこそ言葉の重みを感じる。

一方、まつやまさんは住宅街という事情から博物館化の難しさにも触れ、記憶に残っていけばという思いを示している。単に『絶対に残すべきだった』と言い切らず、惜しさと現実の両方に目を向けた言葉として受け止めたい。

近所の人が見ていた鳥山明さんの素顔

報道では、近隣に住む女性が、鳥山さんは穏やかな人柄で動物が好きだったと振り返っている。海外から訪れる人もいたという。世界的な漫画家という肩書きと、地域で暮らしていた一人の人という姿が、同じ場所で重なっていたことが伝わるエピソードだ。

私たちは有名人を作品やニュースで知ることが多い。でも、住んでいる場所には毎日の生活があり、近隣との距離感もある。あれほど有名な作品を描いた人にも、普段の暮らしがあった。こうした視点を持つと、聖地を訪ねる側にも守ってほしい日常があると気付く。

解体を惜しむ近隣の声を紹介することと、周囲の生活を守ることは矛盾しない。話題になったからといって住民の家や工事現場を無断で撮影したり、通行の妨げになったりしないことが大切だ。作品への敬意は、地域の人への気遣いにも表れる。

『聖地』という言葉の意味を考える

『聖地』は、法律上の区分を表す言葉ではなく、ファンが深い思い入れを込めて使うことの多い表現だ。好きなアーティストのライブ会場、映画に登場した駅、漫画家が暮らしていた街。作品とのつながりを感じる場所は、人によってさまざまな意味を持つ。

だからこそ、今回の建物に『聖地』という言葉が使われるのは理解できる。ただ、誰かにとって特別な場所だからといって、自由に立ち入れる場所になるわけではないし、常に公開保存しなければならないわけでもない。思い入れの大きさと、所有者の権利は分けて考えなくてはいけない。

私は、聖地の価値を考えるときに『そこへ行けること』だけにこだわらないようにしたいと思う。写真や記録で歴史を知ることもできるし、何より作品を開けば、その人が残した表現にもう一度会える。体験の仕方は一つではない。

『残してほしい』と『難しかった』は両立する

建物がなくなると聞けば『保存してほしかった』と思う。それは自然な反応だ。ただ、古い建物を文化的に残すなら、外観を保つだけでなく、耐震性や管理体制、日々の点検、修繕費、来訪者への対応などが必要になる。私有地を博物館として活用するには、さらに多くの調整が伴う。

一方で、歴史的な価値を感じる人たちが記録を望む気持ちにも意味がある。保存を求める声をすべて否定する必要も、保存できない事情を無視する必要もない。両方の視点があるからこそ、現実的な形で文化や記憶を受け継ぐ方法を考えられる。

大切なのは、発表されていない事情を理由に関係者を責めないことだ。『なぜ残さなかったのか』という問いを持つのは自由だけれど、答えがない段階で特定の誰かに原因を押し付けるのは違う。寂しさを伝える言葉には、もっと穏やかな選び方がある。

清須市には鳥山明さんの作品が残っている

今回の話題で知ってほしいのが、清須市に残る鳥山さんの仕事だ。市制20周年の記念ロゴは、鳥山さん自身がデザインを手がけたものとして、清須市の公式サイトでも紹介されている。2025年7月7日に市制20周年を迎えた街に、鳥山さんの表現が別の形でも結び付いている。

清須市は、記念ロゴをあしらったデザインマンホール蓋を制作したほか、市役所西館にはそのロゴを使った銘板を設置したと案内している。仕事場の建物が変わっても、地域の公共の場所に鳥山さんのデザインが残っていることは、確かなつながりの一つになる。

もちろん、建物そのものの記憶と記念ロゴは同じものではない。それでも、地域の未来に向けた図案が、鳥山さんの手から生まれたという事実には明るさがある。『なくなるもの』にだけ目を向けず、『今も残っているもの』を探すと、ニュースの受け止め方が少し変わる。

作品と記憶をどう残す?

なぜ解体を止められなかった、と決めつけない

ネットで大きなニュースになると、すぐに『自治体が悪い』『誰かが守るべきだった』という言葉が飛び交いがちだ。でも、今回わかっているのは建物の解体が進んでいることと、関係者がそれを惜しんでいること、そして市長が静かな工事の完了を見守りたいと述べたことまでだ。

誰がどんな負担を抱え、どんな案を検討したのか。そこは公開されていない。事情が不明なまま怒りを向けても、事実が増えるわけではないし、故人の功績を丁寧に語ることにもつながりにくい。惜しむ気持ちを否定する必要はないからこそ、表現は慎重に選びたい。

私はこの件を、保存の是非だけで終わらせたくない。創作に使われた場所が持つ価値を知り、どう記録するかを考える機会にもできる。いま取り得る行動は、抗議や現地訪問だけではない。

現地へ行くより、まず作品と資料に触れる

ニュースを見て『一度見に行きたかった』と思う人はいるはずだ。でも、今は解体工事が進む住宅街の一角だ。現場への立ち入りや、通行を妨げる撮影は危険につながる。近隣の生活にも影響するため、ファン同士でむやみに訪問を呼びかけることは控えたい。

代わりにできることは多い。公式に公開されている作品情報を読み直す。単行本を開いて好きな場面を探す。鳥山さんが参加したゲームのクレジットを見て、デザインを改めて眺める。家族や友人と作品の話をする。そうした時間は、好きだった気持ちを自然な形で残してくれる。

公式サイトや公共機関が案内している場所を訪ねる場合も、公開状況や利用ルールを事前に確かめるのが安心だ。目的は『貴重な場所に行った証拠を撮る』ことだけではない。作品を大切にする気持ちを、日常の中で続けることにこそ意味があると思う。

写真や文章で記憶を残すという方法

文化に関わる場所を残す方法は、建物をそのまま維持することだけではない。報道写真、自治体の資料、関係者の証言、作品の制作年表などを整理すれば、その場所がどんな意味を持っていたかを後から知る手掛かりになる。公開できる範囲で、正確な情報を残していく方法はある。

ただし、記録のためなら何を撮ってもいいわけではない。自宅の内部、私物、近隣住民の姿など、プライバシーに関わる情報は慎重に扱う必要がある。写真には著作権もあるので、報道写真やファンの投稿画像を許可なく自分のブログへ転載することは避けたい。

このブログでも、建物のニュースを伝える際は、報道元へのリンクと独自に作成したイラストを使う方針にした。写真をそのまま持ってくるより、記事を読んだ人が元の報道を確認できる形の方が誤解も減らせる。

公式情報とSNSのうわさを見分ける

『跡地に何ができるらしい』『家族がこう考えているらしい』。話題になったニュースには、こうした言い方の投稿が付きものだ。けれど、一次情報が見当たらなければ、それは確認できていない話として扱うべきだと思う。発信者の人数が多いことと、事実であることは別になる。

情報を読むときは、発表したのが誰なのか、日付はいつなのか、発言が引用なのか推測なのかを確かめたい。例えば今回なら、毎日新聞の現地取材、清須市長のコメント、バード・スタジオの過去の公式発表、それぞれ情報の役割が違う。

私は『断定しているのに根拠が書かれていない文章』を見たら、少し距離を置くようにしている。勢いのある投稿は目を引くけれど、間違った情報を広めると、傷つくのは直接関係のない人かもしれない。好きな作家のニュースならなおさら丁寧に扱いたい。

記念館がなかったことは失敗なのか

『世界的な漫画家なのだから、仕事場を記念館にできたらよかった』。この気持ちには共感できる。作品を生んだ場所に資料が集まり、来館者が歴史を知ることができたら素敵だ。ただ、一般公開する施設には運営者が必要で、そこに暮らす人たちの環境への配慮も欠かせない。

文化施設ができるかどうかは、ファンの熱意だけでは決まらない。建物の所有や管理、展示品の権利、費用、安全面、継続的な人員など、具体的な計画があって初めて成り立つ。住宅街に人が集中したときの影響も考えなくてはいけない。

今回、『保存や記念館の計画が正式に進んでいた』と確認できる資料は見当たらない。だから、実現しなかったことを誰かの失策だと断定できない。むしろ今回を機に、漫画やゲームに関わる文化をどのように記録し、公共の場で紹介できるかを考える方が建設的だと思う。

清須市の20周年記念ロゴに注目したい

清須市の公式な記念事業をたどると、鳥山さんが地元と築いた関係が見えてくる。市制20周年の記念ロゴは、公式サイトに鳥山さんがデザインを担当したと明記されている。これは『鳥山さんのゆかりの地』という言葉だけでなく、現在につながる具体的な作品として確認できる。

さらに市役所西館では、記念ロゴを使った銘板が設置されている。建物の解体報道から鳥山さんを知った人が、清須市に残る別の仕事へ関心を広げるきっかけにもなる。訪問を考える場合には、市役所の案内や開庁時間など最新の情報を公式ページで確かめたい。

こうした公共の記録は、個人の住居を観光地化せずに、功績を伝える手掛かりになる。作品への愛着を形にする方法は一つではない。地元の資料に触れることも、文化の記憶を支える立派な行動だ。

今後の『ドラゴンボール』はどうなる?

建物の解体にショックを受けた人の中には、今後の『ドラゴンボール』にも影響するのではと心配する人がいるかもしれない。でも、2026年11月3日時点の仕事場解体の報道は、作品そのものの終了を知らせるものではない。バード・スタジオの移転とも、作品の新しい企画とも、それぞれ別の問題になる。

漫画やアニメ、ゲームなどの展開について正確に知りたいときは、作品の公式サイトや権利元・関係企業の発表を確認する必要がある。『建物がなくなるから続編がなくなる』といった結び付け方は、現状では根拠がない。

むしろ、作品の未来と、その作者が残した歴史の両方に目を向けたい。新しい世代が初めて悟空やアラレちゃんを好きになったとき、その絵の生みの親にどんな創作の歩みがあったのか。いつか興味を持った人へ伝えられる情報を残すことも、大切だと思う。

今回のニュースでよくある疑問を整理

まず『解体工事は本当に始まっている?』という疑問には、2026年11月3日付の毎日新聞が10月開始の工事と大部分の取り壊しを報じている、と答えられる。ただし、工事の完全終了日までは同記事で確定していない。

次に『なぜ壊すの?』という疑問については、公式に詳細な理由が示されたことは確認できない。『家族が決定したの?』についても、市長がそのように拝察しているという報道内容と、遺族自身の発表は区別する必要がある。

『バード・スタジオは倒産したの?』『記念館になる予定は?』という問いにも、今回の建物の解体だけで結論は出せない。報道されているのは所在地移転と建物の工事であり、会社の消滅や記念館の正式計画を示すものではない。わからないところを無理に埋めず、続報を見守るのがいいと思う。

惜しむ気持ちを、作品への感謝に変える

解体のニュースは、どうしても『もう見られない』という喪失感から始まる。黄色い建物の姿を思い出すだけで、作品を読んだ頃の気持ちがよみがえる人もいるだろう。そういう寂しさは、急いで切り替えなくてもいいと思う。

ただ、鳥山さんが残したものは一つの住所や一棟の建物だけではない。単行本を開いたときに感じる驚き、ゲームのキャラクターを見たときの親しみ、街に残るデザイン、創作に関わった人たちの記憶。そうしたものは、別々の場所で続いていく。

今回のニュースをきっかけに、読み返したい一冊を選んだり、好きな場面を家族に話したりしてみるのもいい。『自分はここが好きだった』という小さな言葉は、作品の魅力を未来につなぐ。静かで、でも確かな追悼の形になると思う。

私たちがこれから確認したい三つのこと

今後、追加の情報が出たときに注目したい点は三つある。第一に、解体工事の正式な完了と跡地について公表される内容。第二に、関係者から解体の経緯について説明があるかどうか。第三に、鳥山さんの功績を地域や関係団体がどんな形で伝えていくかという点だ。

ただし、説明が必ず出ると決まっているわけではないし、私たちがご家族に説明を求め続けていいわけでもない。公開情報が更新されたときに確かめ、公開されない部分はプライバシーとして尊重する。ニュースを追う側にも、そういう姿勢が必要になる。

公式な続報を待ちながら、今ある作品や資料を楽しむことはできる。情報が少ないと不安や不満が強くなりやすいけれど、急いで結論を出さないことも、作品を大切に扱う一つの方法だ。

まとめ|建物が消えても作品は残る

鳥山明さんが長く使っていた愛知県清須市の自宅兼仕事場では、2026年10月から解体工事が始まり、11月3日時点で大部分が取り壊されたと報じられている。バード・スタジオは同年8月に東京へ移転した。一方、解体理由の詳しい公式説明や跡地の予定は確認できていない。

私はこのニュースを、ただ『大切な場所がなくなって残念』という話だけで終わらせたくない。かつてそこで働いた人の記憶、近隣の方の思い、そして作品に夢中になった世界中のファンの時間が重なっているからだ。悲しさがある一方で、現実の暮らしや関係者の判断を尊重する気持ちも忘れたくない。

清須市には鳥山さんがデザインした市制20周年記念ロゴなど、今も見ることのできる仕事が残っている。何より『ドラゴンボール』『Dr.スランプ』『SAND LAND』、そして『ドラゴンクエスト』に息づく絵の魅力は、建物が姿を変えても失われない。

思い出の場所を守りたいという気持ちは、作品をもう一度開くことや、正確な記録を次の世代へ届けることにもつなげられる。誰かを責めるより、好きだったものを大切に語り続ける。その積み重ねこそ、鳥山明さんが残した文化への、長く続く敬意になると私は思う。

参考記事・公式情報(2026年11月3日確認):毎日新聞「『ドラゴンボール』聖地に別れ 鳥山明さんの仕事場解体へ 愛知」/集英社・鳥山明さん訃報/清須市20周年記念サイト/清須市・市役所西館について/ドラゴンクエスト公式・追悼文。

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