給料は上がったはずなのに、なぜか楽にならない。あなたにも、この感覚に覚えがあるんじゃないだろうか。明細を見ると額面は去年より増えている。なのに、財布の中身も、口座の残高も、思ったほど変わっていない。実はこれ、あなたの家計管理が悪いわけじゃない。国全体で今まさに起きている、構造的な現象だ。
財務省は7月3日、2025年度の国の一般会計税収が84兆2226億円だったと発表した。前年度比12.0%増、6年連続で過去最高を更新。増加幅もおよそ9兆円と過去最大だ。所得税・消費税・法人税、主要3税がすべて過去最高を記録した。国としては、間違いなく「稼いだ」年だった。
でも、これを聞いて「よかった」と素直に思えた人が、どれだけいるだろうか。むしろ「そんなに税収があるなら、なんでうちの生活は楽にならないんだ」と感じた人の方が多いんじゃないかと思う。この記事では、税収最高というニュースの裏側で、私たちの手取りに何が起きているのかを、数字で追ってみたい。
過去最高税収の中身
税収の内訳を見ると、所得税が19.1%増の25兆2565億円。賃上げに伴って給与所得が増加したことに加え、24年度に実施した定額減税がなくなったことも押し上げ要因になっている。消費税は4.0%増の26兆278億円で過去最高。法人税は21.4%増の21兆7450億円で、バブル期の1989年度(18兆9933億円)を上回り、36年ぶりの過去最高を記録した。金利上昇に伴う金融機関の好業績や、AI関連需要の拡大が企業収益を押し上げたとされる。
国の借金は3月末時点で過去最大の1343兆円。長期金利は2.830%まで上昇し、29年ぶりの高水準となった。木原官房長官はこの税収について「強い経済を構築できている」といった趣旨のコメントを残している。数字だけ見れば、確かに”強い経済”に見える。問題は、この強さが、働く人たちの手取りにどこまで届いているか、という部分だ。
歳入から歳出を差し引いた決算剰余金は2兆6088億円で、過去3番目の高水準だった。財政法の規定により、この剰余金の半分以上は国債の償還に、残りは防衛力強化の財源に充てられる。税外収入も日銀納付金の上振れなどにより予算額を上回り、政府は国債の新規発行額を3兆円圧縮したという。国の財布としては、かなり潤沢な一年だったことが分かる。
賃上げ5%でも手取りは増えない
2026年の春闘では、賃上げ率5.26%を記録し、3年連続で5%を超えた。数字だけ見れば「令和の賃上げ」は着実に進んでいるように見える。ところが、2025年の実質賃金は前年比マイナス1.3%。4年連続のマイナスだ。名目では勝っているのに、実質では負けている。
なぜこんなことが起きるのか。賃上げ分5.26%のうち、約4%は物価上昇・社会保険料の増加・新設された子ども・子育て支援金によって吸収されてしまうという分析がある。手取りの増加分は、推計でわずか1.3%程度にとどまる。2026年4月からは子ども・子育て支援金の徴収も始まり、年収400万円で月384円、年収800万円で月767円の新たな天引きが加わった。一つひとつは小さな金額でも、健康保険料や介護保険料の引き上げと合わさることで、可処分所得はじわじわ圧縮されていく。
実はこの構造、今年に始まった話ではない。実質賃金は2022年以降、ほぼ一貫してマイナス圏で推移しており、名目賃金の伸びを物価上昇が上回り続けている状態が4年続いている。特に2025年は食料品の物価高騰が深刻で、コメの価格はピーク時に前年比60〜80%台まで跳ね上がった。給料の数字は上がっても、スーパーのレジで払う金額がそれ以上に増えていれば、「楽になった」という感覚は生まれようがない。
「働いたのに手取りが減る」ゾーン
この構造は、特にパートやアルバイトで働く人たちにとって切実だ。年収の壁を超えて勤務先の社会保険に加入した直後は、月収が増えても社会保険料の負担が上回り、「収入は増えたのに手取りが減った」と感じやすいゾーンに入る。いわゆる”働き損”だ。2026年10月には年収106万円の壁が撤廃されるなど制度変更が相次いでおり、現場の混乱も指摘されている。
中小企業側の苦境も深刻だ。48.4%の中小企業が「最低賃金1500円は不可能」と回答しており、人件費高騰による倒産は前年度比77.2%増の195件に急増した。価格転嫁が進まない中で賃上げだけを求められる企業と、賃上げしても手取りが増えない従業員。どちらの立場から見ても、”良くなっている実感”が持ちにくい構造になっている。
年収の壁を巡る制度変更も、2026年は特に多い。所得税の壁は基礎控除・給与所得控除を合わせて178万円まで引き上げられ、年収665万円までの会社員に減税効果が及ぶとされる一方、物価高対策として上乗せされた部分は2年間の時限措置にすぎない。制度が複雑に絡み合っているぶん、「結局、自分の手取りはいつ、どれだけ変わるのか」を正確に把握できている人の方が少ないんじゃないだろうか。
強い経済という言葉との距離
税収84兆円というニュースを聞いて、多くの人がまず思い浮かべたのは「消費減税」の話だったんじゃないだろうか。実際、超党派の国民会議では消費減税を巡る議論が7月13日に再開される予定で、自民党税制調査会長からも「来年4月に1%」といった案が出ているという報道がある。ただし与野党から異論も出ており、取りまとめは不透明な状況だ。
税収が過去最高であることと、国民一人ひとりの生活が楽になることは、残念ながらイコールでは結ばれない。法人税がバブル期を超えて過去最高になった一方で、実質賃金は4年連続マイナス。この二つのグラフを並べて見せられたら、「強い経済」という言葉に、素直にうなずける人がどれだけいるだろうか。
まとめ:私が刺さったところ
・春闘の賃上げ率5.26%に対し、実質賃金は4年連続マイナスという逆説的な状況が続いていること
・物価上昇・社会保険料増・新設の支援金が賃上げ分を吸収し、手取りの増加は推計1.3%程度にとどまること
今回私が一番刺さったのは、「過去最高」という言葉の眩しさと、生活実感の乏しさのギャップだった。数字が良くなったというニュースを聞いて、素直に喜べないというのは、本当は結構しんどいことだと思う。頑張って働いて、賃上げのニュースにも励まされて、それでも通帳を見ると去年とそう変わらない。この感覚を「気のせい」で片付けられたくない、という気持ちが今回の記事の出発点だった。
税金や社会保険料の仕組みは複雑で、一つひとつは”仕方ない”理由がついている。でも、それが積み重なった結果として「なぜか楽にならない」という感覚だけが、生活者側には残る。この記事を書きながら、私自身も自分の給与明細をもう一度見返したくなった。あなたの手取りは、この1年でどう変わっただろうか。消費減税の議論がこの先どう転ぶのかも、引き続き追いかけていきたいと思っている。

